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プロフィール
こやまあきゆき
こやまあきゆき:陶芸家 
「円山陶芸協会」代表
「民族芸術学会」会員〔食文化)
「ふるさとテレビ顧問」(農水省外郭団体)
「NPO京都生活環境つくり21」理事
財団法人「うどんミュージアム」館長
陶芸集団チェラミスタ代表幹事
長尾谷高校・つくば開成高校元講師。(陶芸)
京都市公立小学校他で約15年間陶芸指導。
京都市工業試験場陶磁器研修科終了。
京都府陶工訓練校専攻科終了。
京都産業大学外国語学部卒業。京都生まれ。
財団法人「京都国際学生の家」OB
「京都市展」「日展」ほか200回以上の展覧会に出品。
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Posted by 京つう運営事務局 at

2013年05月31日

小山晶之「京都村」村民に!

京都府では、農村部と都市部を結ぶ新しいブランド「京都村」を設立し、様々な活動をしています。

新しい京都村ブランド・様々な企画が動いています。

小山晶之も村民です。

http://kyotomura.jp/hiroba/index.php

あなたも参加しませんか。

尚「うどん博物館」館長でもあります。

冷たいうどん特集始まました。

「京都村」事務局は出町商店街王将並びにあります。  

Posted by こやまあきゆき at 19:07Comments(0)陶芸家 小山晶之

2013年05月24日

御所東の京都市歴史資料館

京都市歴史資料館で古文書を見てきた。
八坂神社の南の2軒の茶屋の話や円山公園左阿弥の話や面白い。

左阿弥のとなりが「也阿弥」なので、是非庭園を覗いて欲しい。
小山晶之作品が庭に飾られている。

更に「東観荘」でおしょくじでもどうぞ。
そのあとに隣の「紅葉庵」で和スィーツか、高台寺「都路里」へどうぞ。  

Posted by こやまあきゆき at 20:02Comments(0)陶芸家 小山晶之

2013年03月14日

3月14日結婚記念日

太秦に大魔神が出現した日

全国でホワイトデーで熱く足る日

私の結婚記念日です。

なんと本来できないこの時期「北野天満宮」本殿で結婚式を挙げました。

実は、10月14日を予定したら、親友の陶芸家と同じ結婚予定日になってしまったので、しかも天満宮の親友に予約を頼んだ次に電話したら「その日俺も結婚式予約した」とのこと。

「ありえない」けど出席者かぶる。無理。そこで急いで天満宮に電話すると、これも神様の思し召し。
本当はこの季節参拝者が多いのでできないけど3月14日梅満開の中で結婚式挙げましょうか。と、正直伸びることでがっかりするであろう婚約者の事を心配して、1番綺麗な時期を選んでくれたからと。

本当にこの時期はたくさんの方が参拝されて、皆さん本店でお祓いを受けられるので、普通のお参りも行列の時期ですから、一定時間本店が貸切になる結婚式は、北野天満宮は年間でも限られた予約しか取られてないのです。今回変更せざるを得なくなった私達が前向きにその日を迎えられるように特別配慮してくださった結果です。決して最初からご無理をお願いしたわけではありません。

しかし、偶然この日がホワイトデーになって真っ白な梅満開のなかで7年待たせた家内に最高のプレゼントになりました。おまけに今日20歳になった長女につづき次女が入学した学校の初登校日。2人の娘が自立した記念日になりました。
記念日巡り合わせって不思議です。予定より早く自宅に帰ります。

偶然ですが、今日結婚日を帰るきっかけになった友人と会いました。いっしょに結婚式に出てくれたもう一人の友人のお母さんにも会いました。不思議です。それぞれ別の用事で会いました。それにイタリアに家がある友人にもばったり会いました。
私の両親に彼女は10日ほど前に電話していたそうです。またイタリアに帰るほんの短期間の滞在期間中に会えたのです。

「人は出会うべくして出会う」が私のモットーですが、不思議です。毎日一生懸命頑張ってます。  

Posted by こやまあきゆき at 21:13Comments(0)陶芸家 小山晶之

2012年06月02日

読売テレビ大阪ほんわかテレビ出ています

今日は、六地蔵のてづくり倶楽部「プラナ」の北村さんと会ってきました。
30周年になる京都くいしんぼうの会の話で盛り上がりました。

6月3日小山晶之 読売テレビに出ています。 夜  

Posted by こやまあきゆき at 19:03Comments(0)陶芸家 小山晶之

2012年01月22日

高校最後の授業

2012年1月25日
10年間担当してきた、長尾谷高校京都四条高の「円山創作陶芸実技」が、最後の授業を迎える。
「京都円山陶芸協会」が、正規の授業として指導してきた「つくば開成高校京都高」とともに、毎年100人近い学生さんに、成形 轆轤 絵付  

Posted by こやまあきゆき at 16:24Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年07月29日

50歳こやまあきゆきビリー続けてます。

50歳といっても、信じてもらえない私。
食べ歩きの仲間は、10代から20代の仲間ばかり。
それでも1番大食い。
で、始めたビリー。(実は、夏休みは、中1と中3の娘やその友達とヒラパーのプールと遊園地で散財させられるのです。
・・・・・で、胃拡張の小山ちゃんは、一足早くビリーをはじめたのですが、やればやるほど食べるので、胃は、拡張の一途。)
しかし、体全体は、なかやまきんにく君に!
どうしよう、受けないギャグで滑り出したら。
でも50歳にして、体が筋肉で動く実感。
今は、日々の生活の動きにビリーが入ってます。
ちなみに、マイケルコヤマと呼ばれています。
あるの社長が、オシャレナなシャツを着ないからよかったら着てとくれたのです。
買ったことの無い高級品。でもイニシャルはMK。あきゆきこやまはAKなので、どうしてMK?
タクシー会社からもらったの?なんていう人も。で、ビリーはじめたので、マイケルコヤマと呼んで。
と答えてるうちにその気になってきた。ちょっとは英語もうまくなるかも。ちなみにロシア人には、「コヤマーチカ」と呼ばれ、中国人には、「シェオシャンシャン」とよばれ、タイ人には、ポムシュールKOYAMAと。(私の名前はコヤマです)・・・そのままだよ雪ちゃん。  

Posted by こやまあきゆき at 00:34Comments(2)陶芸家 小山晶之

2007年07月22日

ビリー続けてます

特に書いてませんが、ビリー続けてます。
今週水曜日。1日休みでしたが、朝から仕事や約束でついに休みました。翌日も予定ビッシリで時間なく(2日間2時間くらいしか寝てません)
翌日から再開。今日もやってきました。加えて自転車通勤に切り替えました。
体は、確実に筋肉マンになってきました。
おなかは、益々食べる量が増えた為、多分胃拡張か胃下垂です。
反省して、夕方までに食べまくって、夜食は控えてます。
  

Posted by こやまあきゆき at 00:08Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年07月14日

ビリー11日目

正直11日目で、やってよかった最高です。
今は、一番最後の軽いメニューを毎日早朝欠かさずやってます。
自分の体が、今までなんだったんだろう?そんな感じ。始めてからの食事がエスカレートしているので、ウエストとかが変わらないのですが、腹筋のかほとんどなかったぐらい運動不足だったので、毎日、自分の体のすべての筋肉を意識できるようになってきました。日々の生活の中の動きも、かなり変化しています。自分の弱い部分が明白のなっているので、無理せず毎日の生活の中の動きに応用していくつもりです。ポーズが、始めた時よりさまになってきたとよく言われています。  

Posted by こやまあきゆき at 02:41Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年07月10日

ビリー7日目

続くか心配していた「ビリーのトレーニング」1週間無事終了。
結果を聞かれるが、食べる方がすごかった。でもウエスト少し減少。
それ以上に、体の動きがすべて変わった。
私は、個人的にいいテキストを持った感じ。
無理せず、自分の生活のなかで、様々な動きを取り入れている。
一応プログラム通り1週間制覇したが、睡眠時間などで無理な日もがんばったので、今後は、自分の日常生活の一部に取り入れていくつもり。
階段を利用したり、屋上ビヤガーデン準備の合間に、ストレッチしたり。
お風呂の前には、基本をビデオと一緒に1本がんばるとか。
2週間目が楽しみ。  

Posted by こやまあきゆき at 02:02Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年07月08日

マイケルこやまビリー6日目無事終了

ビリーのトレーニングを始めて6日が無事終了。
実は、いつするかが大変です。夜は仕事でここ2日帰るのが夜中の2時頃。
朝が、ホテルの仕事が、朝7時半から。
そのため、5時半に起きて、ビリーの後、風呂に入って、出勤。
実は、別にこの6日間にレンタルしているビデオを6本見たので、おとといは、帰って1本見たので、寝たのは1時間半ぐらい。
さすがに今朝は、やや疲れ気味でしたが、仕事をしていると元気が出ます。ちなみに「キエフ」の方は、。昨日、ご予約だけで、レストラン・ビヤガーデン満席。ホテルも2日間むちゃくちゃ忙しかった。
でも明日から、朝は3連休。水曜に高校の授業があるので、万全で行きます。でも今夜はニッシー・ヨネら20代くいしんぼうと夜中食べに行きます。  

Posted by こやまあきゆき at 16:51Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年07月07日

スペイン居酒屋「セサモ」の短冊

私のホームグランド「セサモ」に七夕が用意されている。偶然居合わせた女性客に挟まれて、短冊を書いた。ロマンティックな夜。
セサモは、三条木屋町一筋上がった河原町との間の地下。
女性に人気のお店。マスターの山田さんは無口だが、性格なので。
見方によっては、恵比寿さんにも見える。一緒にいるのは福禄寿?  

Posted by こやまあきゆき at 01:07Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年07月05日

ビリー2日目・3日目

皆さんのご忠告もあったが、2日目あまり筋肉痛にはならなかった。
しかし「すしてつ」で30個以上食べて、「セサモ」にも行ったので2cm太った。
3日目次のプログラムへ腹筋が最後ついていけない。
ビリーと食欲の対決。  

Posted by こやまあきゆき at 15:01Comments(2)陶芸家 小山晶之

2007年07月03日

小山晶之「ビリー・・・始める。本日初日」

超くいしんぼうながら、50歳の現在まで、174cm78kgウエスト80弱だった体型が、ここ3ケ月で、ウエスト90cmに!
自転車で走り回って食べ歩きしていたのが、遠方への遠征が増えて、バイク移動が多くなり、夜は、3~5軒のハシゴ状態で、本人も胃拡張を気にし始めていた。おりしも買う予定の人気プログラムが品薄と聞いて早速申し込んだら今朝到着。早速1巻のプログラムをすべて制覇。最後までノンギブ。
しかし最後の方では、腹筋のなさを実感。サウナ以上の汗に驚き。その後のフロの気持ちよかったこと。いつまで続くか。自称「マイケル小山」と呼んでいる。  

Posted by こやまあきゆき at 14:59Comments(1)陶芸家 小山晶之

2007年06月12日

「京展」の思い出

京都市美術館で、京都市による美術展「京展」が開催されている。
実は、陶芸家である私は。過去に180回以上の、美術館やデパートの特設会場やミュージアム、画廊などの企画展などに出品しており、現在も年数回出品依頼がくるが、もう10年ほど、プヤライベートな企画展以外出品していない。
そんな私が、陶芸家として展覧会に出品し始めたのは、「五条青年会会員」として参加した、文化芸術会館の「陶展」や「たちきち本店での京都の若手陶芸家展」。京都五地区の若手陶芸家150名での「京都市ギャラリー」での展覧会などであった。
料理界から飛び込んだ人間として、陶磁器に専念している同世代の仲間入りさせていただいているだけでもおこがましいのに、作家気取りで公募展に出品するのは、自分の行き方には合わない。
自分で料理と食空間を舞台にしながら独自の世界を作っていこうと、祇園に「アートスペース八源」を、若手6人の専用ギャラリーとして、毎月テーマを変えた企画展に専念する計画だった。
共鳴して、参加してくれたのは、公募展でも実績を上げていた浅田弘道君と加古勝巳君。伝統工芸の木村先生の長男の木村展之君。走泥社の辻先生のもとで修行したオシャレなクラフト系が得意の岡田保博さん。そして釉薬の恩師、京都市工業試験場で指導を受けた木村隆先生。
つまり、「土味と焼」「立体造形」「釉薬とロクロ」「デザイン」「釉薬」の才能あるメンバーを集めたわけ。
自分にない技術やセンスを他のメンバーから学び合おうと考えた訳。
私は、企画力と料理に精通している事。で、陶芸の才能は?・・・・・・
たくさんの企画展を開いて、たくさんの作品をつくり、6人とも超売れっ子作家になって、展覧会の出品話がメジロ押しだった。しかし、私はこれといった実績も肩書きもない。むしろ自分なりの人生を満喫していたのだが・・・
前置きがながくなったが、まずは「京展」に皆出品するので、いっしょに出さないか?と当時の仲間に誘われて初出品。初入選。ところが、9人の審査員のなかには父がいる。
実は、私が料理の世界にいたので、他の審査員の方々は、父の3人の息子は誰も陶芸はやっていないと思っておられたので、展覧会当日まで、私と父が親子である事は誰も知らなかったし、父は、料理の道に進んだ私が、片手間に陶芸をする事に対して猛反対していた。
せっかくの料理でがんばってきた道を進めと。当然当時の出品もあくまでも腕試しのつもりと、父や周辺の先生方へのデビュー宣言のつもりで、もとより初出品で入選は期待していなかった。
 父も驚いたようだが、名前を見て審査するのではないので、膨大な出品作が次々運ばれてきて、各審査員が評価して数点が選ばれる。決して甘い世界ではない。
天然松灰を釉薬につかったので、後に伝統工芸の先生方に釉薬の事をずいぶんほめられた。
しかし、日がたつにつれて親父が審査員なら入選するのも当然の声。実は、私の身内は当時12人の作家がおり、半数以上が審査員になっている。毎回変わっても1人か2人は身内がいる。
 おまけに全員所属団体が違う。皆、若いときに親の七光り呼ばわりされるのを嫌って、親とは別の道を歩んだからだ。しかし、私にしてみると、どの公募展んびも身内の審査員がいる。
 後日、更なる挑戦で、四回身内が審査員にいない『日展』に無所属で出品した。
結果は、落選・入選・落選・入選。・・・しかし2度入選すると、無所属がむづかしくなり、結局出品そのものを、取りやめた。
 私にとっては、うれしい思い出とくやしい思い出が交錯するが、結果よりも挑戦した事で学んだ事が実に多かったし、今でも出品してよかったと思う。  

Posted by こやまあきゆき at 00:11Comments(1)陶芸家 小山晶之

2007年04月07日

こやまあきゆきの新ブログ11日スタート予定

タイトル『智恵の都』・・・京都人の遺伝子・・・とりあえず予告までに。  

Posted by こやまあきゆき at 01:05Comments(1)陶芸家 小山晶之

2007年03月18日

こやまあきゆきロシア領事館出張中

今日も明日も大阪のロシア領事館の厨房で、一人でパイを焼いています。
つまり出張中の為ご理解ください。
陶器焼かんとパイを焼く。  

Posted by こやまあきゆき at 22:10Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年01月29日

京都陶芸家鈴木家の系譜(加藤唐九郎らによる)

系図
鈴木藤三郎ー鈴木喜三郎ー鈴木鷹次郎(鷹三郎=初代鈴木清湖)-鈴木清(2代目鈴木清湖)-鈴木爽司(現鈴木家当主)
二ノ宮桃頓(通称京助):瀬戸出身。喜三郎の妻「きん」の弟。尾張の陶画工。山本梅逸門下。
鈴木治(3代目鈴木清湖・・・鈴木清の弟)ー鈴木健司(長男)・鈴木孝之(治次男)
鈴木卓司(鈴木清の次男)
小山陽子(鈴木清長女・小山喜平夫人)-小山晶之
・鈴木藤三郎:美濃焼の出。瀬戸で絵付師となる。
・鈴木喜三郎:美濃焼の出。(嘉永3年生まれ)1898年〈明治11年)京都五条坂に移り絵付師として活躍。
・鈴木鷹次郎(通称鷹三郎・・父・祖父ゆかりの三郎を好んで通称とした。)明治12年京都生まれ。明治27年、瀬戸の井上良斎の工房で磁器成形法を修行。(井上家は、東京に移り、鷹三郎は1906年〈明治39年)京都で初めて、磁器による人形・置物を制作)鈴木清湖襲名。パリ博覧会で銀賞(牌)受賞。大正7年。瓦屋「柿本」が所有する泉涌寺の竹林約800坪を譲り受けて登り窯開窯。大正13年に前面移転。(五条の清水門前の工房等は妹の中條家が受け継ぐ。)15年2月没。泉涌寺の「黒門」と称された鈴木家の敷地には、瀬戸方面から多くの陶工が、移り職人として働いた。最盛期には30名程になったという。
・鈴木清(2代目清湖):父の他界によって2代目となるが、彫刻家として、山本格二氏と活動。また楠部弥一・浅見隆三・叶光男ら6人が「赤土社」を結成。革新的陶芸運動として京都で注目される。富本憲吉との交友から、国画会工芸部設立に出品。同事務局が、鈴木家の「黒門」に置かれる。富本と行動を共にし、「文展」で最高賞の文部大臣賞受賞。帝展・新文展・日展を経て、富本の結成した「新匠工芸会」結成に参加。事務局が、「黒門」に開かれる。第1回・第2回の選抜「伝統工芸展」に富本・稲垣と共に出品。以後「日本工芸会」正会員として陶芸家としての活動を行う。あくまでも作家「鈴木清」として活動した為に、「鈴木清湖」は、磁器型物を受け継ぐ家業として、成形を担当した弟鈴木治へと受け継がれる。富本憲吉自身、乾山を受け継いでいるが、乾山の名は使わなかった。
・鈴木爽司:鈴木家の伝統である磁器型物の技法と絵付師としての花鳥画の伝統を受け継ぎ、京都美大と黒門で富本憲吉の薫陶を受け更に「日展」で六代清水六兵衛の薫陶を受ける。京都では数少ない「現代工芸作家協会」の作家として活躍。その後「日本工芸会展」でも入選。「京焼き・花鳥画の作家」としてその作品は、様々な機関でコレクションに加えられている。
・鈴木卓司:富本憲吉・父清亡き後、田村耕一(東京芸大教授・人間国宝)に師事。乾山ゆかりの鳴滝に工房を構え、赤絵の卓司と呼ばれる。若かりしころより「チャーチル会」の会員として、洋画に親しむ。日本工芸会正会員。京都では、故清水卯一氏の薫陶も受けた。京都府作家協会理事。
・鈴木健司:「日展」会員。「日工会」評議員。六代・七代「清水六兵衛」氏の薫陶を受ける。
・小山喜平:京都芸術大学名誉教授。「新匠工芸会」長老として、京都府作家協会理事、「京都市展」他の審査員を長く務める。京都教育大学・嵯峨芸術短期大学・芦屋滴水などで陶芸指導。京大西アジア調査隊元隊員。
・小山晶之:「チェラミスタ」幹事。元「京焼き清水焼き連絡協議会」副議長。「京展」「日展」「現代工芸展」他180回近い展覧会に出品。「円山流創作陶芸」3000人を超える人に体験指導。  

Posted by こやまあきゆき at 00:41Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年01月27日

華道との出会い 5 「フラワーアレンジメント」

日本の華道で、ご縁の有る流派は他にもいくつかある。家元や高弟の方々といろいろお会いしている、たとえば、叔母の一人が「山村御流」の高弟だそうで、奈良や京都での華展で皆さんとお会いしている。しかし、私には、3000人以上の陶芸の教え子がいる。中には、フラワーアレンジメントの先生もたくさんいる。その一人、今井先生の一門も私の教え子が多い為に、華展に花器の賛助出品を頼まれた事も。展覧会自身がアートだった。  

Posted by こやまあきゆき at 00:54Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年01月27日

華道との出会い 4 「未生流」

未生流には、いくつかの流派があるが、父は、京都のマッショウと学生時代からの友人と呼んでいたが、母が未生流。しかもかなり高弟といわれている母の先生も母の身内である。華展には、母は、いつも父の作品を使っていた。残念ながら子供の私の出番はなかった。実家には、いつも母の生けたお花が飾ってある。花器は小山喜平作。夫唱婦随である。  

Posted by こやまあきゆき at 00:47Comments(0)陶芸家 小山晶之

2007年01月27日

華道との出会い 3 「嵯峨御流」

嵯峨御流は、大覚寺に本拠を持つ流派で、嵯峨美術短大出身の家内も嵯峨御流。なによりも、この流派と関係の深い加古勝巳は、初期のころ私と様々な活動をともにしていた関係で、嵯峨御流展への賛助出品の話も彼が持ってきた。大覚寺には、一般の参拝としてとは別に、華道の関係で何度か出入りしている。流派によって華道の生け方も違うので、自分の作品として、いかに流派の方向性の中で、生かしてもらえるかなどを、シュミレーションしょいながら、もう一つの自分のテーマとしても作品化していかなければならない。どちらかといえば自然の姿をシュミレーションした作品を提供した。  

Posted by こやまあきゆき at 00:42Comments(0)陶芸家 小山晶之