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プロフィール
こやまあきゆき
こやまあきゆき:陶芸家 
「円山陶芸協会」代表
「民族芸術学会」会員〔食文化)
「ふるさとテレビ顧問」(農水省外郭団体)
「NPO京都生活環境つくり21」理事
財団法人「うどんミュージアム」館長
陶芸集団チェラミスタ代表幹事
長尾谷高校・つくば開成高校元講師。(陶芸)
京都市公立小学校他で約15年間陶芸指導。
京都市工業試験場陶磁器研修科終了。
京都府陶工訓練校専攻科終了。
京都産業大学外国語学部卒業。京都生まれ。
財団法人「京都国際学生の家」OB
「京都市展」「日展」ほか200回以上の展覧会に出品。
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2006年12月27日

伏見稲荷大社の初詣

初詣は、京阪かJRで行くもの。奈良線で伏見駅で下車した方が近いが、京阪で降りてあの人ごみを歩くのも、参拝気分を盛り上げる。参拝はルートが決められているので、JR駅に近い本町通りから入らねばならないが、東福寺から歩いて山裾を行くので、出口の参集殿の近くに出る。帰りの波を横切って参拝の列に加わる。まづ手を清め、石段上ると本殿の右側を回っていくが、ここに学問の神様が祭られているので、受験生や学生の子供のいる家族は、右に向かって、まず受験や学問向上を祈願するが、我が家は、2日に北野」天満宮にいくので、元旦は基本的に本殿直行。お参りのあと、いろいろお札などをいただき、時計と反対周りで帰り道に。ところで、基本的に帰りにお金を家に1度帰るまでは使わない方がいいのだが、いきなりお札もあるので、あらかじめ使う分をしっかり握ってお参りしよう。ただし、うっかり全部お賽銭に投げると、歩いて帰らないといけない。ただし、我が家は全員で泉涌寺当たりから歩いて往復する。ちなみに高校生のころ、この時期ここでアルバイトをしていました。白い袴でお手伝いしていました。幼馴染は今天神さんの神主です。  続きを読む

Posted by こやまあきゆき at 00:29Comments(0)京都散策

2006年12月27日

五条坂と茶碗坂

京都で最も多くの人が訪れるのが五条坂清水への道。まずここには、世界遺産の清水寺と舞台がある。NHKのTVカメラで、京都の町でよく映るのが、この清水の舞台。NHKのカメラは、次に祇園北座の屋上からの、鴨川・四条大橋・南座・などの画面の切り替わる。
五条坂は、五条大橋から東大路までの間に、陶磁器販売店が北川に並ぶ。南に店が少ないのは、元々道路が拡張された時の名残。もっとも昔の五条は、松原通だったので、今の五条は、後で出来たわけだが、東の突き当たりは、西本願寺の大谷祖廟。また、五条坂の東大路から清水に行く道は、入り口で二股になっていて、大谷祖廟や日蓮宗のお寺などへの参道でもある。清水目指して東に坂を上ると元の陶磁器訓練校の前を通って、再び二股。右は茶碗坂と名付けられているが、近藤悠三記念館への道。清水寺参道の出口付近に出る。左の坂上ると清水新道からの参道と合流して、七味屋の唐辛子屋さんから階段を下りるか、清水寺に参拝するか。この辺りに私の母方の4・5代前が陶磁器をやっていた場所があった。現在は、妹筋の中條家のお店になっている。この地で「鈴木清湖」の名でパリ博で銀杯を受賞して、欧米で高く評価された結果の財で、泉涌寺と東福寺の間の竹林800坪を購入して、登り窯を築窯して転居した。本格始動は大正13年。鈴木家の事は、加藤唐九郎が詳しく書いている。ちなみに清水六兵衛・西村徳泉・谷口良三などは親戚になる。  

Posted by こやまあきゆき at 00:13Comments(0)京都散策

2006年12月26日

土鍋は伊賀焼?

伊賀焼には、有名な土楽さんのよな鍋の名家がある。土・焼・デザイン。いろいろあるが、基本的に底は丸くてやや局面。火が均等に土鍋を包み込む形状になっている。基本的に焼く温度を高温でもやや甘い目にしているので、色彩が比較的限定されていた。土がやや荒いので、昔は使う前にいろいろな手順があった。そうして自分の使いやすい馴染んだ鍋になっていく楽しみがあった。最近は、お金で買ってすぐ使うものというイメージがあり、花瓶でも水止めしてあるのが当然で、染み出したら欠陥品扱いされる。そのためシリコン処理が当然になり、食用シリコンも登場している。
出来れば、昔のように自分に馴染んだ鍋に気に入った鍋を育ててください。一人用もありますから。  

Posted by こやまあきゆき at 01:04Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月24日

現代アートのためのオブジェ土

前衛とかオブジェとか陶芸の世界にアートが入ってきて生まれたのが、陶磁器で立体作品が作りやすい荒土とも呼ばれる粘土。信楽ベースの白荒と赤土ベースの赤荒がある。どちらも信楽土(白粘土)・赤土に童仙房と呼ばれる耐火度の高い粘土をふるって、細かい粒子を加えた粘土。割れたりひずみにくい。磁土は、瀬戸の磁土のように半磁器系の粘土がよく使われる。この粘土は京都の芸大などで立体作品を多く制作する為に、当初各自が自分で作っていたが、出入りの粘土業者が「荒土」の名称で、「白荒」「赤荒」と名付けた。元々京都でよく使われる粘土は、信楽のスイヒした粘土の荒い粒子を取り除いているものを、更に細かくすりつぶして細かい粒子だけの粘土を、信楽土と呼んでいる為に、厚さや密度が違うとひずみの結果割れやすい。ロクロや手ひねり・タタラでも、食器などの一般的形状の場合プロが使えば、割れもほとんど出ないが、オブジェなどは、信楽のスイヒしただけのものだと、多少の厚さの違いがあってもゆがみ・割れが少ない。これは、粒子の隙間があることと、粒子の大きさの違いが、ゆがみを多少修正してくれるからである。京都は、磁器や半磁器に近い食器の高級品に使う為に、粘土の粒子を細かくしている為に、耐火度を上げて、多少粒子の変化も加える為に、童仙房を、自分の目的や肌合いなども考えて、好みの粒子にフルイの目を決めてふるい、京都の信楽土に加えた。  

Posted by こやまあきゆき at 02:15Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月22日

窯を焼くのは、赤松で。

窯を焼くのに最適な木は、赤松といわれている。何よりも火力が強い。松食い虫に食われた木は、不適格。ところで、昔京都では、窯焚きの専門家集団が順に登り窯を移動して、薪割りをして、窯を焼いた。泉涌寺だけで13基の窯が1ケ月に一度焼かれ、2日に一度ぐらいは、どこかの窯に火が入ってました。窯師は、受け持ちの窯で2000束前後の薪を割り、大きな節があって割れないものを、最初のあぶりか、ドウギと呼ばれる、半地下にある、正面の窯の焚き口に使い。普通に割った薪はくべる為、細割は火力を挙げるため、枝の細いものは、温度を下げるコロと呼ばれました。
薪を横の炊き込み口から投げ込む為に、ふたを開けます。温度が下がると中々温度が元に戻らない。そこで、細い薪をたくさん入り口付近に投げ落として、火幕をつくります。火のカーテンが温度を下げない働きがあり、左右両側から、手前と中ほどにバランス良く投げ入れます。天井には、横1列の4つの穴があり、その火ので方で、窯の中の火の流れが読めます。
 不思議と、赤松のあるところ、磁土が取れ、近くに温泉ありとか。  

Posted by こやまあきゆき at 05:32Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月22日

釉薬鉄の色

釉薬つは、一番上にかける上釉のことだが、灰を主体にする場合は釜戸の雑木灰でもたいてい釉薬になる。これに1~2%鉄分が含まれると、酸化で黄瀬戸や黄磁。還元で青磁になる。
10%ぐらいで天目とも呼ばれる黒。それを超えると酸化で柿天目のような赤茶。更に鉄赤に。
鉄は、800度ぐらいの低温でも赤・黄などの発色に使われる。低温では基本的に酸化。  

Posted by こやまあきゆき at 05:12Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月22日

楽茶碗を作る・焼く

楽焼は普通の陶磁器より焼く温度が低い為に、粘土に耐火度が要求されない反面、その工程から、熱による収縮が小さくなければならない、熱い窯に入れ、古来の技法では、炭火の温度を上げるなどして、表面の鉛ガラス化する釉薬を溶かす。また、黒楽など鴨川石を含んで黒く焼ける釉薬の発色を最もいい状態でストップをかける為に、熱い窯から引き出され。時に水につけられる。
こんな荒業に耐えられるのは、大火度の高い土か焼粉を振るって粘土に加えると収縮の小さい粘土になる。鴨川石は鉄分を多く含んでおり、黒楽に最適であった。
楽茶碗の成形は現代語ではピッチングとも呼ばれるが、板の上に置いた塊に芯を途中まで差込回しながら徐々に広げ・成形していく方法が基本だが、もう一つの特色は、成形・半乾きでU字型のカンナで削っていく。砂がまざった粘土の感触をけづっていると裏で受けている手に削っている感触が伝わる。楽用の土は、細かい砂地の混ざった粘土の感触で、実に気持ちよく削れる。窯のないひとでも耐火れんがで簡単に窯が作れる。レンガを円形に並べ、1段目に鉄の溝ふたのような構造物を置くと作品を置きやすい。現在の窯用の横板があればいいがなければ耐熱レンガ代用。焼く作品を置く場所設定。更に周りを高く積む。1段目に空気穴。後はまず窯を焼いて内部の温度を上げる。炭は便利。
材料がなければ、割り箸ダンボール1箱分でも焼ける。食堂やうどん・ソバ屋でもらう方法もある。
釉は天然の土灰に焼く温度を下げる鉛を多く含んだ原料を加えて、表面ノガラス化する温度を下げる。黒楽は鴨川石を入れて焼く。火鋏でつまんで入れ、取り打す。京都の清水道の「イワサキ」に行けば、市販の『楽土』『楽釉』も買える。ヨーロッパでは、この焼き物が大変進化して、様々なラスターなどを生んでいる。元々ガラスに鉛を入れると熔ける温度が下がることは、古くからシルクロード伝播の技術として、知られていた。近年の「ヨーロピアンラク」の研究は、京都市工業試験場の木村隆先生のご専門だ。楽窯から引き出した茶碗を、籾殻などに投げ込むと様々な変化が出来る。籾殻は、竹灰・わら灰と共にシリカが多い。詳しくは、京都リサーチパークの木村隆先生まで。  

Posted by こやまあきゆき at 05:01Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月22日

前進座 嵐圭史さんを囲んで

南座「勘三郎襲名披露公演」が、予約も取れないほどの大盛況。全国からファンの方々が泊り込みで京都に来てくださる人気。顔見世に続いて新年お正月の南座公演が、これも人気の『前進座』公演。
嵐圭史主演の「五重塔」・中村梅雀主演の「魚屋宗五郎」の二本立て。
そして口上は、遠山の金さんで、我が家が家族を上げて大ファンになった、前進座の顔「中村梅之助」
すでにチケットも手に入らないほど。
そんな方に、あと数席だが耳寄り情報。1月22日(月)11時から部で観劇。終了後、主演の嵐圭史さんを囲んだお食事会が、南座向かい「北座」の東側の6階「キエフ」で開かれる。もちろん観劇チケット込み。限定20名の特別企画。すでにほとんど予約済。数席残すのみ。
お一人¥17000(観劇・食事・ドリンク込み)お問合せは、075-525-0860キエフまで  

Posted by こやまあきゆき at 00:38Comments(0)演劇・舞台

2006年12月22日

日展について

日展とは、日本で最大の美術団体である。なぜそのことから書き始めるかというと、一昔前なら『日展』を知らない美術愛好家はいないほど、日本の美術界の巨人だった。元来文部省の頭を取った『文展』とか『帝展』とか、日本の官展の歴史と伝統を受け継いでおり、第一部「日本画」第二部「洋画」第3部「彫刻」第4部「工芸」第5部「書」と部門が形成されていった。日本の創作芸術における最高峰に位置づけされる芸術院会員は、この組織の顔とも言うべき諸先生方が名を連ねておられる。
一方で、長い歴史の中で、分離または、新たな美術団体を結成し別の道を歩んでいった作家による美術団体も次々結成された。私の若い頃は、まず日展ありきで、在野といわれた各団体の主義主張や結成のいきさつを述べる時に、ある種『日展』に対して、・・・といった、政治で考えるなら、自民党に対して、他の政党は、・・・と述べる程の存在であった。
 しかし、美術界も様々な運動の積み重ねによって、現在は、独自の価値観を持った多様な美術団体が活動しており、他の団体の活動に、時に無関心なほど、そのあり方も多様化してきた。美術や創作活動の多様化が進行すればするほど、時に振り子は、巨大なガリバーにゆり戻される。
 実は、私自身無所属で様々な活動を続けているが、ドンキホーテのごとく、若き相棒と二人でこの巨大な『日展』に4度無所属で挑戦したことがある。偉い先生を師事しないと無理といわれると、血が騒ぐ性分なので、どんな判断が出るのか無謀な挑戦に挑んだ。結果、2勝2敗。相棒は2勝1敗。おまけに20回記念に初入選して記念時計までもらった。しかし、シルクロードの遺跡をモチーフにしたり、ブラックホールをテーマにしたり、あくまでも自分主体のテーマで創作活動をしているので、団体展には不向きと悟った。しかし、様々な団体展には、好きな作家の作品がたくさん並んでいるので、やはり勉強にも刺激にもなる。京都展は関西の入選者と賞の受賞者、会員クラスの先生方の作品が並ぶ。全部見れるのは、東京展のみ。『日展』の全貌は、東京でしか理解できない。1月14日まで京都市美術館で開催中。  

Posted by こやまあきゆき at 00:13Comments(0)京都の展覧会情報

2006年12月15日

陶芸美術団体の系譜

日本には伝統的な陶芸の産地があり、地域的な組織や組合。試験場などの卒業生的つながりなどがあったが、美術的運動は、東京や京都の美術・絵画専門学校あるいは彫刻などを学んだ人たち、あるいは、中国・朝鮮や桃山時代の古陶磁の研究会などから始まっている。私の母方の鈴木家の祖父から過去三代のことは、加藤唐九郎さんの本に書かれているのだが、鈴木清は、楠部弥一・浅見隆三・らと赤土会を結成しているが、山本格二氏らと彫刻家としての活動を行い、富本憲吉の国画会の工芸部の公募に参加して、以後生涯富本と行動を共にしている。そのため、国画会工芸部の事務所が私の生まれた、東山泉涌寺の鈴木家の登り窯を中心とした一角(通称「黒門」)に開かれた。「国展」が柳・浜田・河井の参加で、富本と連名で「民芸館」が設立され、民芸運動が起こるが、富本は、元々創作重視の作家であり、やがて国展は創作重視の富本をリーダーとした第1部と、伝統技法を重視した第2部民芸分かれて審査・展示されるようになる。その一方で、官展の歴史にもなる文展は、第1部日本画・第2部洋画・第3部彫刻に続いて、第4部工芸として、陶磁器・漆芸・染色・金工などの創作的作品が加わり、後第5部の書も加わる。関東では、板谷・富本・関西では5代清水六兵衛などが中心となる。しかし、登り窯・美術系大学もない時代、出品者のほとんどが、窯元の息子だった。文展が帝展・文展・日展となるわけだが、富本を中心とする工芸家だけの研究会、新匠工芸会は、やがて富本の芸術院退会によって、独立。そこには「女流陶芸」創設の坪井明日香や走泥社の三羽烏。八木・山田・鈴木らの顔も出品者のなかにあった。富本・近藤・鈴木・型染めの稲垣らの退会組みと清水・楠部・ろうけつ染の小合らの日展組。柳・河井・浜田・芹沢・黒田らの民芸。更に、伝統工芸の設立。
富本やその教え子の近藤・藤本・田村や、備前の金重・萩の三輪に民芸の浜田らが人間国宝になった。鈴木・河井・山田どんな団体にでも表に出る事を望まない人間もいる。美術運動を動かしたリーダー達と、それを支える人たちの系譜は、表の顔だけが、残っていく。  

Posted by こやまあきゆき at 01:14Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2006年12月12日

転写紙

イワサキで買った転写紙を授業に使っている。
上絵用・下絵用がある。
上絵は水でもどして、シールのように貼るタイプ。
下絵は、素焼きに貼って水を含んだブラシでたたいてはがす。上はらドバイ釉などをかけて焼く。自分で和紙などで作ることも可能。ただし量産以外なら手書きの方がいいのは当然だが、最近は筆むらまで転写で書き込んでいるので、厚みも出てきた。しかし私が授業で使うのは、こういう技術が安価な市販品に、一般的に使われている事を知ってもらいたいのと、一つの課題として、転写した後、自分らしさを出してほしいという課題のテーマに使っている。学生達は、転写の空間に下絵具や上絵具で彩色したりデザインを加えるなどして、みごとにオリジナルに変えていく。それはいつも私に、既製品でも発想を変えれば、まったく別の使い方がある事を、教えてくれる。  

Posted by こやまあきゆき at 23:36Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月10日

自宅で楽しむ粘土遊び

紙粘土・油粘土・樹脂粘土・ホイップ粘土
最近様々な粘土が市販されている。
特にオーブンで焼くオーブン粘土は、京都ではロフトで売っていると紹介していたが、京都最大の\100円ショップ、ダイソーの三条通りのお店(三条会の西出口千本と三条の西大路の間。JRや地下鉄の二条駅の南側にあるお店には、ねんどと書いたコーナーがある。オーブン粘土もある。
樹脂粘土で種類が多いのは、ロフト。
本来陶磁器の原料は、東山の清水道のイワサキで買うものだった。
アメリカ陶芸の材料は、烏丸松原あたりの松原通りの山口忠兵衛(山忠)でも買える。  

Posted by こやまあきゆき at 00:04Comments(0)円山流陶芸技法

2006年12月09日

龍大入澤崇先生バーミアン以西を語る

私の陶芸の代表作は、現代工芸の記念店に出品した、京都大丸ミュージアムでの「バーミアンの西の大仏」を再現した作品である。京大西アジア調査隊の隊員であった父が調査した巨大石仏である。尊敬する龍谷大学の入澤崇先生(NHK新シルクロード第3回トルファンで、洞窟壁画をコンピューターグラフィックで再現された)が、バーミアン以西で次々と仏教遺跡を発見された。この方面の遺跡の中には、イスラム寺院に改築されていたものもあり、礎石などから仏教遺跡であったことが確認されて、これまでの定説よりはるか西方まで仏教が広がっていた事実がかくにんされ、この方面の研究にとりくむ先生方と本格的な学術報告会が開かれる。是非関心のある方は無料ですので行ってください。
12月23日(土)12:00~17:00
龍谷大学深草学舎3号301教室
定員500名
龍谷大学へのお問合せは、075-645-2184(土日除く10時~17時〉
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Posted by こやまあきゆき at 23:53Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2006年12月03日

祇園の陶芸倶楽部

四条縄手上る音羽寿司の3階が「久智作陶芸倶楽部」である。ここでは、岡田保博さんと蔭山明さんが指導している。2階のギャラリー「八源」は若手作家の発表の場として、ほとんど経費なしでも利用可能なので、個展やグループ展の相談は、ご主人の小垣さんに相談してみよう。

近くの他の倶楽部や教室は、東山安井西入るの住宅街に1箇所となんといっても四条高島屋の西にも」「ゆう」がある。

陶磁器の原料店の「イワサキ」さんによると、関西で大きいのは、
・芦屋の滴水美術館の附属研究所。ここは、初期に父の小山喜平が指導にいっており、芸大の卒業生のほか、岸映子さんや蔭山明なども講師を務めた。
・六地蔵のプラナクラブは、私が最初1人で指導していたが、森里龍生・浅見武や精華大出身のスタッフが増えた。
とにかく体験してみよう。  

Posted by こやまあきゆき at 00:37Comments(0)陶芸倶楽部・教室・学校