2007年02月10日
京都の陶芸倶楽部 1「円山陶芸倶楽部」
京都市工業試験場で、プロの卵を指導する木村隆先生が、小山の紹介で設立。円山公園内「東観荘」の2階の奥座敷で、店の女将さんや料理長の勉強の場・店のお客様の親睦の場を兼ねて活動開始。先生の渡仏によって、文化サロンの担当の小山晶之にバトンタッチされたが、当時は、木村隆のクラス。佐藤恵子のクラス。目方智子のクラス。外国人対象の西貞幸のクラスの4クラスがあった。六地蔵のプラナ陶芸クラブや修学院(ギャラリーこすもすと連携)陶芸倶楽部の指導をしていた小山が、円山陶芸倶楽部を受け継ぐ為に、大改革によって、上賀茂に西が「西陶芸倶楽部」設立。佐藤恵子は「プラナ倶楽部」の責任者になり、木村は、「こすもす」との連携で、「修学院陶芸倶楽部」の会員とともに相国寺の北の施設に教室を移し、円山陶芸倶楽部は、3人から再出発した。住友銀行OBの三宅が初代会長。二代目がブレーン倶楽部の秋田が会長を務めたが、3代目の井上よしたかとの運命的な出会いにより、大きく動き出す。関電OBの井上は円山公園に明治時代にあった「弥阿彌ホテル」創業者の末孫。兄が『円山公園」の名前の由来となる「安養寺」の檀家総代。このお寺が親鸞聖人・法然上人修行のお寺。やがて30名を超えたメンバーは、東山の小山の生まれ育った泉涌寺に移った。現在小山喜平などが、指導。会長は4代目の辻 孝。やはり関電OB.
Posted by こやまあきゆき at 01:01│Comments(0)