小山喜平・吉田光邦京大第5次西アジア調査隊

こやまあきゆき

2007年02月13日 03:19

私が、小学生の頃、父はいつもシルクロードの砂漠を車で走り回っていた。京都芸大に籍があったが、京都教育大学でも陶芸を教え、京大の人文の所長にもなられた吉田先生とも1年ほど中近東に行っていた。京大考古学の水野先生の研究調査。様々な資料と想い出。私が「バーミアン」の西の大仏を作ったのもこの時の研究の影響だ。パキスタンのパターンの村。武器を作っている村に連れて行かれたことも。首都建設現場に現地の役人と間違われて入れたことから、同行していた新聞記者が世界的スクープの写真を撮った話し。つり橋から車ごと転落しそうになった話。バーミアンが階段で上まで上れて、上から周囲の景色を見た時の話し。父の話は実に楽しい。現役の教官時代、京都芸大や教育大の学生がいつも遊びに来ていた。帰国直後の父は、長い髭と真っ黒な顔。とても日本人にも父にも見えなかった。朝日新聞に現地からの写真と記事が連載されていた。私はお陰でシルクロードの食文化の研究を始めたのだった。

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