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プロフィール
こやまあきゆき
こやまあきゆき:陶芸家 
「円山陶芸協会」代表
「民族芸術学会」会員〔食文化)
「ふるさとテレビ顧問」(農水省外郭団体)
「NPO京都生活環境つくり21」理事
財団法人「うどんミュージアム」館長
陶芸集団チェラミスタ代表幹事
長尾谷高校・つくば開成高校元講師。(陶芸)
京都市公立小学校他で約15年間陶芸指導。
京都市工業試験場陶磁器研修科終了。
京都府陶工訓練校専攻科終了。
京都産業大学外国語学部卒業。京都生まれ。
財団法人「京都国際学生の家」OB
「京都市展」「日展」ほか200回以上の展覧会に出品。
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Posted by 京つう運営事務局 at

2009年01月24日

ノリタケデザイン100年の歴史

昨日日本が世界に誇るノリタケの会長から上記の展覧会のチケットを頂戴した。

偶然「キエフ」の社長夫妻と同級生のご縁。

更に、義兄が私の父と美大時代の同級生

更に絵付師の伝統のある私の母方の3代ともご縁が深い(母方鈴木家3代は加藤唐九郎氏の辞典参照)

そんなこんなで話が盛り上がって、私まで招待券をちょうだいした。

もちろん見に行くつもりだったが。

是非皆さんこの機会に見てください。

「京都文化博物館」です。  

Posted by こやまあきゆき at 00:13Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2007年06月24日

ゴールデンエイジアカデミー『京都に見る明治の気骨』

『京都アスニー』のシリーズだが、今回は、私にとって興味深いテーマが並んでいる。
7月6日からだが、アスニーは、1度行くべし!  

Posted by こやまあきゆき at 16:24Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2007年02月04日

「赤土社」革命的陶芸運動のさきがけ

「赤土会」京都に生まれたこの陶芸運動は、6人から始まった。日本にまだ美術展としての陶芸ジャンルが確立される前の先駆的活動。そのメンバーは、楠部弥一・鈴木清・叶光男・浅見隆三・宇野三吾・八木一そう(文字が検索できなくてすみません八木一夫さんのお父さん)後に個々の活動はすばらしい展開になる。  

Posted by こやまあきゆき at 01:19Comments(1)陶芸美術史・陶芸運動

2006年12月15日

陶芸美術団体の系譜

日本には伝統的な陶芸の産地があり、地域的な組織や組合。試験場などの卒業生的つながりなどがあったが、美術的運動は、東京や京都の美術・絵画専門学校あるいは彫刻などを学んだ人たち、あるいは、中国・朝鮮や桃山時代の古陶磁の研究会などから始まっている。私の母方の鈴木家の祖父から過去三代のことは、加藤唐九郎さんの本に書かれているのだが、鈴木清は、楠部弥一・浅見隆三・らと赤土会を結成しているが、山本格二氏らと彫刻家としての活動を行い、富本憲吉の国画会の工芸部の公募に参加して、以後生涯富本と行動を共にしている。そのため、国画会工芸部の事務所が私の生まれた、東山泉涌寺の鈴木家の登り窯を中心とした一角(通称「黒門」)に開かれた。「国展」が柳・浜田・河井の参加で、富本と連名で「民芸館」が設立され、民芸運動が起こるが、富本は、元々創作重視の作家であり、やがて国展は創作重視の富本をリーダーとした第1部と、伝統技法を重視した第2部民芸分かれて審査・展示されるようになる。その一方で、官展の歴史にもなる文展は、第1部日本画・第2部洋画・第3部彫刻に続いて、第4部工芸として、陶磁器・漆芸・染色・金工などの創作的作品が加わり、後第5部の書も加わる。関東では、板谷・富本・関西では5代清水六兵衛などが中心となる。しかし、登り窯・美術系大学もない時代、出品者のほとんどが、窯元の息子だった。文展が帝展・文展・日展となるわけだが、富本を中心とする工芸家だけの研究会、新匠工芸会は、やがて富本の芸術院退会によって、独立。そこには「女流陶芸」創設の坪井明日香や走泥社の三羽烏。八木・山田・鈴木らの顔も出品者のなかにあった。富本・近藤・鈴木・型染めの稲垣らの退会組みと清水・楠部・ろうけつ染の小合らの日展組。柳・河井・浜田・芹沢・黒田らの民芸。更に、伝統工芸の設立。
富本やその教え子の近藤・藤本・田村や、備前の金重・萩の三輪に民芸の浜田らが人間国宝になった。鈴木・河井・山田どんな団体にでも表に出る事を望まない人間もいる。美術運動を動かしたリーダー達と、それを支える人たちの系譜は、表の顔だけが、残っていく。  

Posted by こやまあきゆき at 01:14Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2006年12月09日

龍大入澤崇先生バーミアン以西を語る

私の陶芸の代表作は、現代工芸の記念店に出品した、京都大丸ミュージアムでの「バーミアンの西の大仏」を再現した作品である。京大西アジア調査隊の隊員であった父が調査した巨大石仏である。尊敬する龍谷大学の入澤崇先生(NHK新シルクロード第3回トルファンで、洞窟壁画をコンピューターグラフィックで再現された)が、バーミアン以西で次々と仏教遺跡を発見された。この方面の遺跡の中には、イスラム寺院に改築されていたものもあり、礎石などから仏教遺跡であったことが確認されて、これまでの定説よりはるか西方まで仏教が広がっていた事実がかくにんされ、この方面の研究にとりくむ先生方と本格的な学術報告会が開かれる。是非関心のある方は無料ですので行ってください。
12月23日(土)12:00~17:00
龍谷大学深草学舎3号301教室
定員500名
龍谷大学へのお問合せは、075-645-2184(土日除く10時~17時〉
仔細は続き  続きを読む

Posted by こやまあきゆき at 23:53Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2006年11月01日

風俗博物館HPは、自宅で楽しむ時代祭り

風俗博物館のHPは、時代祭り以上に詳しい資料が映像で再現されている実にすごいHPだ。検索して、いろいろな時代にワープしてみよう。
http://www.iz2.or.jp/  

Posted by こやまあきゆき at 18:41Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2006年10月19日

京焼き・・・京都国立博物館

京焼きというと、すぐ清水焼ですか?と聞かれる。元々京焼という言葉は、京都の多彩な陶磁器の文化を。グローバルに表現するために使われるようになった。
今、京都の東山七条の国立博物館で、その「京焼ーみやこの意匠と技ーhttp://www.kyohaku.go.jp/」展が開催されている。
そもそも京都には、平安京が遷都される前から、渡来系を中心に、各地に集落が形成されていた。八坂氏・小野氏・出雲氏・秦氏・加茂氏・土師氏・・・もともと出雲氏は、出雲の国から。加茂氏は大和といわれているが、土師氏は菅原氏に結びつく土師器を祭器に作らせた一族で、配下に土師器を作る人たちを抱えていたことは間違いない。岩倉には。近年まで須恵器以来カワラケを作る家があった。修学院焼・御室焼や、大仏瓦の伝統もある。東山の黄土を原料に粟田焼と呼ばれる焼き物が、仁清風の焼き物の原点とおもわれるが、京焼きの多くが、消費地京都に各地から運ばれた原料と職人達の技の競演であったことを明記しておきたい。京都は、最高のものを見極める町であり、それに答える職人のたゆまぬ努力の結晶が、京焼きの真髄だと思う。  

Posted by こやまあきゆき at 23:09Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動

2006年09月26日

相国寺に行きましたか?

秋の特別展ですばらしい展示が拝見できます。

以外と知られてないのは、金閣寺も銀閣寺も相国寺のお寺です。
従って、管長はあの有名な有馬頼底さん。京都仏教会の顔。
なんと東京生まれなんだそうです。相国寺のある表千家流の茶会に毎年父小山喜平の茶碗が使われていたので、父も呼ばれていってました。
私も、最初若い頃に習ったお茶は、表千家流でしたが、たまたまご縁があって、しばらく武者小路官休庵の現家元に、若宗匠の頃入門したので、人生にめったに体験できない家元襲名披露に末席ながら参加させていただきました。光栄な事ですが、怪我で膝をいためて正座が出来なくなってから、せっかくのお稽古をご辞退させていただきました。今では身に余るありがたき経験と思っています。(当時家元は、あぐらでもいいと、気遣ってくださいましたが、居並ぶ大先生方の末席では、いくら無作法な私でも冷や汗ものでした) 所詮分不相応でしたが、実に貴重な、そしてすばらしい体験でした。  

Posted by こやまあきゆき at 02:33Comments(0)陶芸美術史・陶芸運動